選挙
日本は自民党総裁選。アメリカはバイデン政権が想像以上にマヌケで、早くも次期選挙へ向け動き出したようです。今回のアフガンの失態でバイデン支持のCNNが出した支持率が40%強。それに対しトランプは未だに40%を保ったままです。民主党のマヌケ軍団はさておき、民主党復帰で歓喜したワシントンの官僚たちも使い物にならないという体たらく。この件は後日詳しく書きますが、ハッキリ言えば『レームダックの始まり』。
【社説】米軍撤退完了の「恥ずべき日」
米軍の完全撤退に先立ち、カブール空港に駐機する航空機(30日夜)
2021 年 8 月 31 日 11:19 JST 更新
アフガニスタン駐留米軍の最後の1団が、タリバンとジョー・バイデン米大統領がこだわった8月31日の撤退期限を前に30日、カブールを去った。これによって20年に及ぶアフガン戦争は終わった。しかし、それと同時に米軍の活動を支援してきた通訳など多くのアフガン人は、脱出の希望も遠のいた。国外退避支援のために派遣された米軍輸送機は、大混乱の中で多くの人々を何とか脱出させた。しかしこの日は、ホワイトハウスがどんなに言い繕っても、「恥ずべき日」として米国の歴史に刻まれた。
8月31日の撤退期限は、バイデン氏が恣意的に定めたものだった。バイデン氏この日程を決める際に9.11米同時多発テロから20年となる節目の日を、「永遠の戦争」を終わらせた記念日として誇らしく宣伝できると考えていた。北大西洋条約機構(NATO)加盟の同盟諸国から期限延期を懇願されたにもかかわらず、バイデン氏延期を拒否した。バイデン氏、助けるべき人々の退避を完了させるには、この期限は性急すぎると知っていた。それでもバイデン氏は、脱出を望むすべての米国人を退避させる、と米国民に語った。
バイデン氏が行ったこの期限の設定は、米軍の撤退戦略と同様に人々のアフガンからの退避も失敗に終わったことを意味する。最後の救出機に間に合わなかった米国人の数は不明だが、恐らく数百人になるだろう。非営利団体の推計によれば、NATOの任務を支援したり、NATOのために戦ったりしたアフガン人のうち、6万人もの人々が置き去りにされたとみられる。
タリバンの特殊部隊が、米国の出たとこ勝負の撤退で入手した可能性のあるリストに掲載されている人物を探していると報じられる中、多くの人々は身を隠している。今後、拷問を受けて殺害される人々も多く出るだろう。その家族も同様だ。
信じられないことに、バイデン氏はタリバンの情けを頼りにして、残っている人々を民間機ないしチャーター機で退避させる計画だ。アントニー・ブリンケン国務長官は、この米国の懇願のための準備を既に進めており、タリバンには協力する理由があると述べている。タリバンは国際的に好感を得て、海外からの支援にアクセスしたいとみられるからだ。これを適切に表現すると、外交的な身代金の支払いだ。
この不名誉な日につながった戦略的および軍事的な判断ミスは多々あり、それらは現職の米国大統領から出たものだった。バイデン氏は、大半のアドバイザーが残留部隊の維持を勧めたにもかかわらず、迅速かつ完全な撤退を主張した。彼はバグラムなどの飛行場からの退去を主張し、アフガン空軍から、飛行維持のために必要とされていた米国の請け負業者を奪った。
アフガン政権の崩壊後、国外退避を支援するためにカブール空港の外側にも安全な場所を設ける案に対し、バイデン氏は自身の計画を変更することを拒否した。この案は駐留米軍の増派を必要とするものだったが、バイデン氏は自身の当初決定の正当性を証明するため早期撤退する考えだった。
ワシントン・ポストの報道によれば、アフガン政権の崩壊に際し、タリバンは米国に対してカブールの警備を任せることを提案した。バイデン氏と米軍は、必要なのは空港だけだと述べた。バイデン氏はまた、空港周辺の警備をタリバンに頼ることを選択し、米軍の若い男女兵士13人の犠牲を出す結果となった。
バイデン氏とその側近は、どんな間違いがどんな理由で生じたのかについて、退避活動終了後に責任の所在を確認する機会を設ける、と呪文のように繰り返し述べている。それは直ちに開始すべきだ。今回ほどの衝撃をもたらした国家安全保障上の惨劇には説明が求められ、そしてそれは、トップから始めなければならない。
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